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士幌町国保病院院長 懲戒免職訴訟

3 院長と医師たちの対立
  町長と院長らの医師が対立していたことは既に述べました。「町長と、院長らの医師」の対立と書きましたが、実体的には、町長と医局の対立と評した方が正解です。院長は、病院の管理者(医療法10条)ですが、病院運営については、医師全員が構成員である医局会議を開催して意見を集約しておりました。したがって、院長は、医局会議の結論をもって町長と対峙していたわけです。では、何を巡って具体的に対立していたか。単なる個人的趣味の好き嫌いではありません。病院の運営を巡っての対立でした。最も大きな対立点は、前回書きました一人の議員が主催する無料健康診断会についてのものでしたが、そのほかにも、いくつもの対立点がありました。

(1) 平成24年に、町は札幌在住の医療アドヴァイサーとアドヴァイサリー契約を締結し、そのアドヴァイサーの意見では、経費削減(看護師の人件費削減)のため60床を50床にせよというものでした。もしこれを実施するならば、確かに看護師の数を削減し、その分の人件費を削減することはできますが、病院に必要なレントゲン技師などのコメディカルスタッフの削減はできません。
 したがってアドヴァイサーの意見は、一部の経費節約になっても、病院が士幌町の中核病院の役割が果たせられなくなり、アドヴァイサーの意見とは距離がありました。今日も、60床体制のままです。

(2) 町は、平成25年8月、病院のサービスについてのアンケート調査を実施しました。しかしアンケートの設問次第で、回答が微妙に異なることは、新聞社ごとに行うアンケートでも相当の違いがあることは、皆さん承知の通りです。
 このアンケートでは、設問の仕方が否定的な評価につながりやすいものであったために、医局を含めた会議で、センター長に対し「否定的な評価が誘導される危険がある」ので改めて協議することが約束されていました。しかしその再協議がなされないままアンケート調査が実施され、しかもその調査結果が町長のリークで地元の新聞に載ったのです(町長は、大川氏に誇らしげに自分がリークしたと発言しておりました。裁判では、その録音記録を証拠として提出しています。)。地元紙には、「半数が改善要求」と大きな活字で載っており、あたかも町民の半数が病院に対して不満があるかのような内容として受け止められました。病院の評判が良くない、その原因は、院長を始めとする医師にあるという印象操作を行おうとしたのです。
 地元紙を使った、病院攻撃でした。この記事をみた看護師のなかには、病院での努力が否定されたと受け止め、ショックを受けた方もおられました。
 しかも、その新聞記事は、(1)で述べた町議会の所管事項調査が行われる前日に掲載されていたのです。議会の委員は、この記事をもとに質問を繰り返しておりました。このようにアンケートは、病院非難の材料として使われたのです。被告は、裁判では、所管事項調査の前日に掲載されたのは、偶然だと主張していました。

(3) 院長は、このアンケート結果から院内に苦情検討委員会を設けてはどうかと提案し、これを町長らと協議しました。そうしたところ、前記の議員や副町長らは外部の第三者を入れるべきと強硬に主張しました。
 そして委員長は、センター長にすることを求めたのです。他方、医局側は、院内の組織である以上、院長を委員長とすべきであり、部外者の参加は、患者の秘密に接することから守秘義務との関係で問題がありました。結局、医局の同意が得られず最終的には物別れになりました。その結果、住民の意思を病院改革に活用することができませんでした。

(4) さらに、町長と医師団の間では、「毎日二診制」と内科医に対する退職勧奨を行うことが議論されました。毎日二診制とは、院長、副院長が毎日、午前中に外来を持つというものです。毎日二診制を行うことは同病院が行っている学校検診や健康診断が事実上行えなくなることを意味します。
 したがって、到底受け入れられないものでした。また、看護師の状況からも無理でした。町長は、あえて受け入れ難い制度を提案したのです。町長は、無理を承知で、無理を押し付けようとしたと受け止められます。これは今日まで実現しておりません。
 また、町長は、内科医に辞職を勧めましたが、内科医は、理由のない退職勧告を拒絶し現在も勤務を続けております。

(5) 産業医の問題について
 町内には、労働安全衛生法に基づく健康診断を行う産業医を置かなければならない企業がいくつもあります。それらの企業と町は、産業医の派遣契約を締結していますが、それには産業医の資格のある医師が必要です。産業医は、毎月一回作業場に出向いて、作業方法・衛生状態をチェックしたり、健康相談・面接指導を行わなければなりません。
 この病院の医師たちは、月一回の巡視や企業での健康相談など全く時間がなく、産業医としての責任を果たせる状態ではありませんでした。ところが、町長は、院長や前出の内科医に対して、産業医契約をするよう求めてきたのです。
 要は、事業場へ行かなくてもよいので、名義だけ貸してほしいというのです。実は、産業医が月1回の巡視を行わなくとも罰則がないのです。そこにつけ込んだ脱法行為のようなものであり、許されることではありません。院長は、脱法行為に手を貸せないとして協力しておりません。
(※この問題は、病院の名誉に関わるものであるので、慎重に調査を行ったうえで、記述したものです)

(6) このように、町長と医師の間には解決困難ないくつかの問題が横たわっておりました。これらが院長追い落としの背景にあったことは否定できません。

4 大川院長の追放の画策
(1) まず、町は、内科医や外科医に対して猛烈な退職勧奨を行っています。その結果、外科医を平成27年3月末で退職させております。

(2) 同時に、町は、院長の退職の機会を狙っておりました。それが、本件の懲戒免職処分(平成26年6月23日付)です。そのうえ、大川氏には、退職金まで支給していません(正確には、士幌町は、退職金支払い事務を北海道市町村職員退職手当組合に委任しており、同組合は、大川氏に退職金全額約2500万円の不支給決定をしています。)。公務員に対する懲戒処分は、公務員にとって死刑判決にも相当しますので、慎重に行わなければなりません。本件の懲戒事由たるや、噴飯ものの懲戒事由でした。
 
 結論から言えば、この事件は、和解で終結しましたが、和解の内容は、
①町は懲戒免職処分が裁量権を超えたものであったことを認め、同処分を取消し。
②院長が在任していたならば得られたであろう報酬のうち、4000万円を和解金として支払うというものでした。要するに、町の全面敗訴です。
 何とか院長を退職させたかった町は、十分な根拠なく、懲戒処分へと突っ走ったのです。和解で裁判は終了し、士幌町は敗訴しましたが、大川氏を追放することには成功したのです。
 4000万円もの和解金を支払ってでも、復職させなかったのですから、見方によっては、士幌町が勝ったとも言えます。
 この町は、医師不足に悩む中で、三顧の礼をもって迎えたはずの医師を、次々と追い出しています。何故なのか。私が本稿を書こうと思った動機の一つがそれです。

(3) 大川氏に対する最も大きな懲戒事由は、セクハラでした。院長が病院の職員の退職に当り送別会でチークダンスを踊ったことがセクハラであり、懲戒事由になるというのです。このチークダンスのことを知った副町長は院長に「セクハラのうわさ」があるのだけれど、と述べ、暗に懲戒事由に利用することを匂わせていたのです。

(4) 懲戒事由について少し詳しく説明申します。懲戒事由は、以下の通り4つの事由がありました。

① 前記の町議会の所管事項調査に当り、何を尋ねられるのか、どんな準備をすれば良いのかわからないままでは効果的な調査はできません。
 そこで院長らは医局会議を開き、どのような調査を行おうとしているのかについて、委員長宛に問い合わせる文書を出すことにし、院長に文書の起案を委ね、文書を出したのです。
 それが、調査の方法に異を唱え、町長の了解なく文書を出したのであるから、地方公務員法第32条(法令及び上司の職務命令に従う義務)、33条(信用失墜行為の禁止)に違反するというのです。
 調査に入ると連絡を受けた者が、どのような調査を受けるのか、そのため何を準備すればよいのか問いただすことが「調査方法などに異を唱え」となり、町議会の維持運営を不適切不穏当な表現を以て誹謗したというのです。
 町は、顧問弁護士にこの文書の発出が懲戒事由に当るかを文書が出た直後に確認しました。顧問弁護士は、懲戒事由に当ると答えたそうです。そうであれば懲戒事由に当る非違行為があったのですから、その時点で、院長に注意を与えるとか、何らかの処分をすべきであったと思います。それが全くありませんでした。まさに「後出しジャンケン」です。

② 二番目は、先の議会の所管事項調査がいったん延期になり、平成26年2月に再度行うことになりました。
 そのため、前回と同様の疑問があった訳であります。そこで院長は、どんなことが聞かれるのか、何を準備すれば良いのかについて、町議会の議長あてに書簡を送りました。また、調査を予定されていた2月は、インフルエンザの流行の時期で病院を抜けることが出来ない。
 したがって調査は病院内で実施してほしい旨の書簡を議長に送ったのです。議会も、院長の要望を受け、調査場所を病院内に変更しております。
 これは、院長の書簡によって議会事務局において行うことが不適切であると理解され、病院内で行うこととしたものです。
 この書簡の発出は、町長の許可を得ていないので、地方公務員法第32条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)に違反し、懲戒事由だというのです。この文書の発出が、懲戒事由に当るというなら、なぜ、その時に指摘しなかったのか。①と同じく、後で付け足したものであることが分ります。

③ さらに、3の(2)で述べたように、地元紙に町のアンケート調査の結果が掲載されたのは、町長によるリークによるものでした。
 何故このことが分ったかといいますと、町長が院長に自ら伝えたからです。録音テープもあります。
 医局の医師は、新聞記事を見て院長名で地元の新聞社に抗議文を発出することにしたのです。この文書の発出についても町長の許可が必要だ、その許可を得ることなく文書を発出することは地方公務員法第33条(信用失墜行為の禁止)に違反し、懲戒の事由に当るというのです。
 抗議文は、すぐ地元の新聞社から町長のもとに届けられました。では、この抗議文を出すことが地方公務員法第33条(信用失墜行為の禁止)に違反しているなら、どうして、その時に院長に伝えなかったのか。

①~③を通して認められることは、そもそも町長は、院長の職務上の上司ではありません。院長は、病院管理の最高責任者であって、院長が対外的に文書を発出するのに、上司の許可は不要です。それが町長などの許可を得ていないといって懲戒事由としたのです。一体誰がこんな屁理屈を考えたのか。
 多少無理であっても、院長を追放したいという意図がありありと認められます。どうして、この町では、医師不足が巷間喧伝され、医師不足に悩んできた筈なのに、医師を退職に追い込もうとするのか。
 利用者である町民のことを第一に考えなければならないのに、真逆のことをやっているように思えます。その町長が、医師不足について、「町の努力では限界」とプレスに表明しているのですから、漫画です。もう一つ、町長と院長の関係について述べると、看護師などコメディカルの採用は、町長の専権であり、院長はコメディカルの採否について関与できない仕組みになっていたのです。
 医療法上の「開設者」が「管理者」を差し置いて、病院管理の最も重要な部分を排他的に担っていたのです。

④ さらに、職員の送別会の二次会において、送別される職員とチークダンスを踊ったことがセクハラに当たり、地方公務員法第33条(信用失墜行為の禁止)に違反するというのです。

 これら四つの事由により、院長は懲戒免職処分となりました。懲戒免職となるほどの非違行為は余程重大でなければなりません。
 懲戒免職の事由とされたのが、読者の皆さんも納得される程のものなのか。次回は、これらの懲戒事由について詳しく述べたいと思います。