HOME > 医療過疎の原因は何か(1)
ご案内申し上げます。

士幌町国保病院院長 懲戒免職訴訟

平成29年


 私は、平成26年11月から平成29年5月まで士幌町国保病院院長の懲戒免職訴訟を担当しました。最終的には、和解で終了しました(新聞記事 和解.pdf )。懲戒処分を受けた方の名前は、大川晃氏といいます(ご本人の了解を得てありますので、実名で表示しました。以後、大川氏ないし大川院長、又は院長といいます。)。事件のタイトルからも分るように、士幌町の国民健康保険病院の院長の大川氏が懲戒免職処分を受け、その処分の取消の裁判を担当したものです。
 
 この裁判を通じて明らかになってきたことは、病院の開設者である町の理事者が地方の医療について貢献しようとする医師に、理不尽な扱いをして退職を迫る、その結果医師は辞めざるを得なくなり医師不足が発生する。そして町民がその影響をまともに受けるという構図がありました。町民の命と健康に責任を持つ町が真逆のことをやっていたのです。恐らくこの報告を読まれる皆様には、まさかそのようなことが医師不足に悩む町で行われる筈がないと思われるでしょう。しかし現にあったのです。


 地方の医療を充実させるには、地方に潤沢な医師の存在が不可欠です。予算の制約もありますから、そんなに多くの医師を抱えることはできませんが、地方自治体病院では必要にして十分な医師が不可欠です。新聞記事にありますように、この事件は最終的に和解で解決しましたが、医療過疎に悩む地方で起こったまぎれもない事実です。この事件を通して、皆様に地方での医療の在り方を考える一助にしていただけると幸いです。

1 士幌町と士幌町国民健康保険病院について
 まず、事件の舞台となった病院について説明いたします。帯広の北20㎞のところに士幌町という人口6100人余りの町があり、そこに士幌町国民健康保険病院があります。

 舞台はこの病院でした。まず、士幌町について説明しますと、士幌町は、音更川(十勝川の支流)の両岸に広がる大地を中心に町の面積の60%を農地としている典型的な農村です。人口は平成27年10月の国勢調査では、6135人で、農村地区の性格から若年層の移入が少なく、町民が徐々に高齢化しており、人口の30%が65歳を超えております。従って、町民の健康管理もこの病院に課せられた大事な役割であります。

 士幌町には、個人病院がなく、歯科医院を除く唯一の医療機関です。医師4名体制で、現在は60床(一般病棟40床、療養病棟20床)で、内科、外科、小児科、整形外科、泌尿器科、眼科を診療科目とし、外来は月曜から金曜日まで行っております(なお、外科は、外科医が退職した平成27年4月からは休診中です。)。
 
 また、人口が少ないこともあって、病院経営は毎年赤字を計上し、士幌町が赤字分を補助しており、士幌町は毎年約2億円強を組み入れております。大川氏の着任前の病床利用率は50%前後で推移しておりました。この病院でどんなことが行われていたのか。原告であった大川氏が赴任したのは平成19年4月ですが、その赴任の年に4名の医師のうち3名が一斉に辞職するということがありました。それを受けて急拠町は、医師を募集しました。高額の報酬を提示しても、3名の医師が抜けた穴はそんなに容易に埋まるものではありませんでした。

 3名の医師が一斉に辞めた理由は詳しくは分りませんが、町の執行部と軋轢があり、抗議の意をこめて一斉に辞めたことは想像に難くはありません。

2 病院の特殊性
 大川氏は、平成19年4月に、副院長として就任しております。そして、翌年、前任の院長の定年退職により院長に就任し、平成26年6月に懲戒免職処分を受けるまで院長職にありました。前記3名の医師の一斉辞職からも分るように、この病院では医師が定着しない原因がありました。

 同病院の運営のあり方を巡って、町長と医師の間に、対立があったのです。大川氏は、士幌町病院に赴任してからそのことに気付きました。町会議員の一人が、自分の選挙地盤で年1回無料健康診断会を開催し、それに前院長や元総看護師長などが協力しておりました。無料健康診断会は、心電計などの病院の機材を持ち出して、且つ病院の試薬を使って健康診断を行っていたのです。その目的は、その町会議員の「票集め」であったと推測されます。

 田舎では、こうした公私混同が看られます。そのうえ、その議員は、参加する看護師の数まで指定してきたのです。大川院長は、そのような町議の主催する無料健康診断会への協力には公立病院の使命から逸脱していると考え、積極的に同意できませんでした。持ち出す医療機材は、病院の予算で購入したものですし、試薬も病院のものだからです。

 また、医療機関以外の場所での健康診断を行うことは医療法上の指導監督のため、いくつもの手続が必要でした。これまでそのような手続きがとられたことはありませんでした。保健所に対する報告も必要ですが、それらは行われておりませんでした。院長は、どうしても開催するのであれば、院長の許可を得て病院の正式な行事として行うので、届を出してもらいたいと指示したのです。すると、その議員は、その無料健康診断会を中止し、「意趣返し」のように議会で病院と病院の医師を、批判し始めたのです

 此方から議事録.pdfを閲覧できます。聞くに耐えない言葉で病院と医師を罵っていることが分ります。)。そして町長は、院長にその「議員の言うことを聞くように。これは院長のためだよ」と述べ、暗に公私混同を容認しろと言うのです。病院の開設者である町長と病院の管理者である院長は、上下の身分関係はありませんが、院長は、「町長のもとに雇用されている一地方公務員に過ぎない」から、町長の命令に従えとまで言うのです(これは、裁判で町が主張していたことです。)。


 すると、今度はその議員が委員である町議会産業厚生常任委員会は、病院に所管事項調査を行うと通知してきたのです。「嫌がらせ」であることは明らかです。こうした一連の経過を見ますと、無料健康診断会に協力しなかった院長に対する議員の私怨に基づくものと推測されます。こんな私怨に起因する嫌がらせを受けたならば、医師たちが離れていくのは当然です。現に、院長が平成23年4月にリクルートした外科医に対して、猛烈な退職勧奨を行い、平成27年3月に依願退職させています。


 医師を確保できなければ、被害を受けるのは病院の利用者である町民です。そんなことはお構いなしに、どうやったら意に沿わない医師を追放できるかを画策していたのが町の執行部です。嫌がらせをすることで、嫌気をさして辞めさせるということを平気で行う町の執行部なのです。もう一人。平成24年4月に入所した内科医に対しても、退職勧奨が行われております。内科医を退職するための嫌がらせのように手当を一方的に月額30万円減額したのです(これは現在係争中です。)。町長と保健医療行政の責任者であるセンター長との会話の中で、「(内科医の)給料をがっぱり下げて」、「(そのうち)嫌気さすんべ」と言う発言が録音されておりました。

 これ以上の医師を排除しようという、正直な証拠はありません。町長には、良質な医療サービスを提供するべき医師に畏敬の念がないようです。
 大川院長は、予防に勝る治療法はないとの考えから町民を対象とした啓蒙講座(長寿講座、生活習慣病講座、認知症講座)の開設や病床利用率の向上のための改革案をいくつも提案しております。医療費を抑える最も簡便なことは、住民の意識改革なのです。自ら主体的に健康管理を行い、病院の世話にならないことです。

 しかし、そうした活動や業績(病床利用率は80%近くまで上っていました)が評価されないのです。町長に柔順であることがメルクマールなのです。前出の外科医や内科医に対する退職勧奨は、二人の考え方が院長に近かったことが原因です。

 地域医療の充実に志を持った医師たちを地方にリクルートするのは大変です。医師不足がいつも新聞を賑せております。折角、リクルートに応じた医師を、単なる駒としか見ていないのです。その一方で、町長は「町の努力では限界」「安定的に派遣される仕組をつくってほしい」とインタビューで述べていました(平成27年4月8日道新帯広・十勝版)。


 外科医を退職に追い込んだ一週間後のインタビューです。自ら、医師の追い出しを図り、医師の定着を阻害しておりながら「町の努力では限界」などとよく言えるなと思います。こんなことでは、地域医療の充実など夢のまた夢なのです。次回では、町長が院長に対して行った懲戒事由が如何に砂上の楼閣であったかを報告したいと思います。